生きるを学ぶ 雑草塾

ながたに農園の雑草塾は「どう生きるか」ということを”農”を中心に据えて学び、深め合う、実践的な”共育”の場です。9ヶ月間プログラムを共にするコミュニティーの中で様々な体験を交換・共有し、学びを得ていきます。

雑草塾の1年

4月から12月まで9ヶ月間の四季の移ろいの中、畑仕事を中心に食や知識・経験、あるいは想いなどを共有し、様々なアプローチから学び合いを進めていきます。

その学びは畑仕事、座学、そして食事の3つが主な柱となります。

畑仕事では生きるために欠かせない”たべもの”を畑からどのように得るのかを実践を通じて学びます。

座学は”農”にまつわる基本的な知識を学ぶ他、参加者のみなさんの持つ知識・経験・アイデアのシェアリングからも学び合います。

そして食事は自分たちが収穫したものを自分たちで調理し、食卓を囲みます。

技術だけでなく、場を共有するという事もまた大切な学びです。

雑草塾では”生きた学び”を追求したいと考えており、基本的な流れを踏まえつつも一方的にカリキュラムを提示するのではなく、この場をどう活かすのかを一緒に考え、参加者が自ら必要だと思うことに手を伸ばせるような環境を築くことも目標の一つです。

 

”農”という観点から

雑草塾のテーマは『生きるを学ぶ』ですが、「どう生きるか」を考えたときに多くの人が「幸福に生きたい」と考えるのではないかと思います。

では「幸福に生きられる条件」とは何でしょうか?

これを考えた時に見えて来るのが”農”の持つ可能性です。

 

”農”は業(なりわい)としての農業の根幹たる部分であり、暮らしの叡智です。

田畑を耕し、里山を手入れし、身近で手に入るものを活用して日々の糧とする技術。

そして、それを軸により豊かに生きられるよう形成されたのがコミュニティー。

心理学の世界には「他者貢献」という言葉があり、他者に貢献出来ていると実感出来ることが人の幸福であるという説があります。

”農”を中心に据えたコミュニティーの中には様々な役割があり、言い換えればそれを担うことが幸福だと考えることが出来そうです。

現代社会に於いては”農”が中心となったコミュニティーはどちらかというと珍しい存在となり、各々が担ってきた役割も便利な仕組みや機械化に置き換わっています。昔に比べれば”豊かな”暮らしが出来ているはずですが、いまいち幸福が実感し辛い世の中なのはこの辺が原因のように思えます。

雑草塾での日々は”農”に再び目を向け、自分の生き方を考える第一歩であると言えるかもしれません。

 

”生きる”を学ぶ

主催者である私たちは有機農業を実践して来ましたが、『有機』には「命の仕組みのある」という意味があります。

有機農業の魅力はただのテクニックや他との差別化のみならず、人と人、人と自然との関係にも命の仕組みをもたらしてくれることにあると思います。

そしてその中心に”農”があります。

この存在は、今の世の中に必要な力を秘めるものであると確信しています。

ながたに農園の雑草塾では、この”農”を柱に据え、「どう生きるか」を自然から、コミュニティーから、そしてそれらを通じて自分自身との対話から学んでいきます。